序章 第三話 キタローさんとハム子さんは校門で……


「まさか、ゆかりだったなんて!」

髪を束ねた少女は大きな赤い瞳をくりくりと見開いて、校舎の屋上と、傍らの連れとを見比べる。

「そっちこそ。まさか荒垣センパイとはね。」

前髪で顔を半分覆った少年は連れとは対照的に、あくびを噛み殺しながら半眼で校舎の屋上をじっと見つめている。

「キミのことだから、美鶴先輩か風花あたりを誑らし込んでそう〜、って思ってたんだ。」

美しい悪魔の笑顔で彼女が微笑む。

「お前こそ、順平と連日コントか、真田センパイと熱血青春格闘街道まっしぐらで屍山血河を邁進してそう、とばかり。」

彼は屋上を見つめたまま感慨も込めずにそう言った。

「ねぇ。」

彼女は、彼の視界を遮るように、彼の目の前に立った。つま先立って、僅かでも彼を見下ろせる目線に立つように。

「どう?久々の彼女は。」

ふ、と彼は小さく溜め息を漏らす。

「悪くない。」

そう言って、興味無さげに目を伏せる彼。でも彼女は知っている。その一見淡泊に見える彼の反応が、密かに幸せを噛みしめている事を。

「私には聞いてくれないの?久しぶりの荒垣先輩はどうだ、って。」
「どうでもいい。」
「そうなの!ついに目を覚ましたんだよ先輩!よかったー!相変わらずカッコ良すぎー!あー!あの腕に飛び込みたーい!」

げんなりと溜め息を吐く少年。だが彼は知っている。元気印の彼女が人知れず目を覚まさぬ荒垣を思い、多くの夜を独り泣き濡れて過ごしたであろうことを。そして荒垣が目を覚ましたことで、抑えていた感情が今にも爆発してしまいそうな事を。

 一人大騒ぎする彼女の前髪を、彼は優しく撫でた。すると彼女はシュンと項垂れた。

「前髪撫でるのは……先輩の特権だもん……」
「そりゃ失礼。」

彼は、再び感慨を込めずにそう言って、興味無さげに携帯音楽プレイヤーのリモコンを眺めた。

「ムッキー!!」

そう奇声を発すると、校門に体重を預けて寄り掛かって低い位置に居る彼に対して、彼女は拳を振り上げた。

「うわっ! ちょっ……!」

振り下ろされるゲンコツを、彼は手首でブロックする。と、予想に反してトンと軽く彼女のゲンコツが彼の手首に触れた時。

「……分かってるよね、彼ら。」

その大きな眼から覗く紅い両の瞳が真っ直ぐに彼を見つめる。

「ああ。」

珍しく見開いた碧い瞳で、彼も彼女を見つめ返す。

「完全に想定外だったね。彼らは……動くよね。」
「だろうね。」

ゲンコツを防御したままの姿勢で、周囲が見ればまるで時が固まったような錯覚を覚えただろう。

「キミはこれが見たかったんだよね。どうしても。どんな手を使ってでも。」
「ああ。でも……間違ってるな、やっぱり。」

それから、しばしの静寂。彼が彼女のゲンコツを防御した姿勢のまま、よもや本当に時が止まってしまったのではないかという錯覚を、柔らかく吹いた風による葉擦れの音が否定した時、彼が口を開いた。

「今夜にでも行こう。」
「彼らに説明は?」
「状況次第。」

真剣に引き締めていた彼女の表情がふっと緩む。

「オッケー。彼らそろそろ来るよね。四人で帰ろ?」
「イヤだ。」

瞬間、ゲンコツを防御した手首に触れていた零距離のまま、彼女がゲンコツに全力を込めた。

「な゙っ!?」

校庭にズシンという轟音が響いた……気がした。彼女は、後頭部に髪を束ねているヘアピンが弾け飛んでしまうんじゃないかという程に癖ッ毛を逆立てて怒気を放っていた。

「荒垣センパイは、病院に返さないとダメだろ!?」

ゲンコツを渾身の力で押し返しながら、絞り出すような声で彼はそう言った。

「……あー、そういうことか! キミの口調、なんかいちいち神経逆撫でするんだもん!」
「ゆかりみたいな事を……」

ようやくゲンコツを納めた彼女に安堵しつつ、彼は立ち上がる。

「大事に……してあげてよね?」
「ああ。」

二人揃って昇降口に視線を向ければ、岳羽と荒垣が玄関ホールから出てくるところであった。

「お互い様。」
     
12/10/17 01:08更新 / やさぐれ

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