三章 第二十五話 姫


 タルタロスのどこかの階層…夢弾は伊織と真田が首尾良く山岸を救出していた事でガムを踏んだ怒りなど綺麗さっぱり忘れて意気揚々と帰り道を探していた。
「うお!月デカッ!明るッ!」
緑色の夜空がよく見える拓けた回廊で、伊織は満月の威容に驚いていた。
「ってか、こーんなギラギラしてたっけかぁ!?」
「月の満ち欠けは、シャドウの調子にも影響するって説がある。もっとも、人間も同じだがな。」
「ああ、犯罪件数の統計学的見地とかだな。」
真田は実に物知りだ。彼の求める強さとは、腕っ節だけではなくいつぞや彼自身も言っていた"総合力"にあるのだろう。
「ゆかりッチがプリプリしてんのも、お月さんの影響なんスかねぇ?」
「…そんな事ばかり言うから君と反りが合わないんじゃないのか?」
呆れるように笑いながら夢弾は伊織を眺める。
「んじゃあ、鳥海センセーはどうッスかね。」
伊織もニヤニヤと笑いながら夢弾を眺め返す。
「それこそ反りが合わんのだろうさ。もし月の満ち欠けのせいだとしたら尚更冗談じゃないな。アレを毎月だとか、正直こっちの身が保たんよ。」
はあ、と夢弾は深い溜息を吐く。山岸はそんな会話風景を眺めながら、楽しそうに微笑んでいた。普段彼らが寮で如何に楽しく過ごしているかが分かる。この山岸という少女は、幸せそうな人たちを眺めているだけで自分も凄く幸せな気持ちになれるのだ。
「鳥海センセって言や、モノレールの時も丸かったッスよね、月。」
再び月に目を向けながら伊織が呟く。
「ん?…前も丸かった?」
何かに引っ掛かったように真田が伊織を見つめる。
「な、なんスか!?」
伊織は真田が一体自分のどの台詞に引っ掛かったかが分からず目を丸くする。
「…先生。」
真田が夢弾に向き直る。
「四月に寮が襲われた日、月を見ましたか?」
「そうだ…丸かった。こんな…気味の悪い満月だ!」
真田は夢弾の反応を見て自分の仮説に確信を持つ。そして夢弾も真田の言わんとするところを理解して思わず大きな声を上げる。
「今日が6月8日…モノレールで戦ったのが5月9日…寮の襲撃は4月9日だ!全て満月だ!」
真田は慌てて通信機を取り出す。
「美鶴!聞こえるか!美鶴ッ!」
通信機に向かって真田は怒鳴りつける。
「…なに…これ…」
不意に、山岸が声を上げる。
「今までのより…ずっと大きい…」
ぺたっ、と山岸はその場にへたり込む。
「どうした、何か感じたか?山岸。」
夢弾がその目の前に屈んで、目線の高さを合わせる。真田も、座り込んだ山岸をじっと見る。その瞳は恐怖に大きく見開かれている。
「大きい…人を、襲ってる…!」
「…くそッ!」
真田はそう吠えると通信を諦めた。
「な、なンスかっ!?分かるように説明してくださいよっ!」
伊織が慌てて真田に問いかける。
「出たんだ!ヤツらは…満月に来るんだ!」
「やっ、ヤツらってー、大型ッスかっ!?」
伊織の目が驚愕に見開かれる。
「…急ぐぞっ!」
真田は真っ先に駆け出す。
「ちょ、ちょっとーッ!?」
伊織も慌てて後を追う。
「右です!」
山岸が座り込んだまま叫ぶ。
「次の曲がり角を右、そのまま突き当たりまでまっすぐ、突き当たりを左に行ったら、階層の空気が逆巻いてるポイントがあります。そこが、外に通じてるはずです!」
真田と伊織は立ち止まり、山岸を振り返る。
「…帰還ポイントの事か。驚いたな…召喚も無しにマッピングとは。」
「行きましょ真田サン!今一階にはゆかりッチと桐条先輩二人しか居ねえ!」
「二人は全速で先行してくれ!私も山岸を連れてすぐ合流する!」
真田と伊織は力強く頷いた。
「分かりました、山岸を頼みます!」
「おう、二人とも死ぬなよ!」
「うッス!任しといて下さい!」
真田と伊織はお互いでも頷き合うと駆け出し、山岸の言った通りに最初の曲がり角を右へ曲がって行った。
「よし、私らも行くぞ。」
夢弾は山岸の手を引いて立ち上がらせる。
「みんなで、無事に帰ろうな。」
「はい!」
山岸は、決意に満ちた瞳で夢弾を見上げた。

  *   *   *

 タルタロス一階エントランス…一陣の風を巻き起こして、伊織と真田は転送ターミナルから飛び出す。
「ゆかりッチに桐条先輩!居ねえ…!」
伊織と真田はエントランスを必死に見回す。
「美鶴のバイクに、通信機材が置きっぱなしだ…ここで戦闘の痕跡は無し…大型が来たとしたら…ッ…!」
真田は駆け出す。
「外だ、順平!」
「うッス!」
飛び出すようにエントランスを出る真田を、伊織も弾かれるように追う。
「居たッ、大型…ッ!」
「うおっ、しかもダブル(二体)でっ!?」
常夜灯も機能しない影時間の宵闇にそのシルエットが遠目に浮かび上がる。
「みんな、無事かッ!」
「待たせたな、ヒーロー見参ッ!」
駆け寄ってくる、待ちわびた援軍に、鳥
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