三章 第二十一話 発覚


 巌戸台分寮に鳥海が副寮監として来て以来、夢弾は異様な程に雑用に追われることが多くなった。

 例えば、たかが非常勤の上に今期来たばかりで校風などデータとしてしか把握していない夢弾が生徒会の副顧問。桐条に良いように言いくるめられての結果だった。その桐条曰く、「寮監の仕事は鳥海と分担出来るから、寮へ直行で帰る必要は無い」というのが持論だ。元来は、ただでさえ睡眠時間を削っての命がけのタルタロス探索に加えて、端から見ていて神経質過ぎると言える程寮監と講師の仕事を完璧にこなそうとする夢弾に他の持ち場を与える事で少しでも視野を広げて時間を与えよう、という意図のものだったようだが、放課後に僅かな時間を得ることで図らずも夢弾はその規模の大小は問わず校内の厄介事に巻き込まれていった。つい先程もおフランスからの留学生の寂しげな眼差しに負け、裁縫に付き合ってきたところだ。

 そしてようやく解放されて今。夢弾は放送室の扉を開く。ついぞ数分前の通話を思い出す。

  *   *   *

 これから帰ろうと職員駐車場へと向かっている途中、日も暮れようかという薄暗い実習室前廊下で。ヴーン、ヴーン。マナーモードにしている携帯がポケットの中で震えた。サブディスプレイを見ると夢弾の携帯には名前の登録されていない090から始まる携帯電話の番号が映し出されていた。携帯を開いて通話ボタンを押す。
「はい。」
『ああ、夢弾先生か?大西だ。今学校か?』
「ああ、大西先生。ええ、校内に居ますよ。」
番号を交換した覚えはない。きっと鳥海辺りから聞いたのだろう。
『まだ帰らずに居てくれて助かった。急にすまない、頼みがある。すぐに済むから。』
「…何でしょう。」
大西だったら月高ではまだ辛うじて常識のある方だ。すぐ済むと言っている以上はあまり面倒な頼まれ事ではあるまい。つーか、後生だからそうであってくれ。そんな事を祈りながら応じる。
『職員室の鍵の保管所で放送室の鍵を取って、放送室の戸締まりをお願いしたい。放課後に放送委員が使う事は知ってたんだが急に外に出る用事が出来てな。きっと鍵はまだ開いたままになってると思うんだ。生徒に頼んでも良かったんだが、施錠施設の開閉は必ず教師の立ち会いを義務づける校則があるから、どちらにしても誰か教師が要るんだ。頼まれてもらえないだろうか。』
「構いませんよ。」
職員室という単語が出た時点で電話で話しながら夢弾は既に回れ右して職員室を目指し始めていた。
『済まないな、助かるよ。鳥海先生と寺内先生はどうやら連れだって早々とパチンコに行ってたようだったのでね。』
「ほぅ…パチンコ。」
あの人はまた既婚者の寺内先生を唆しているのか、と苦笑いする。
『あんなうるさいトコに居られちゃまともな会話など成立しないだろう?しかも間の悪い事にどうやら"掛かってた"らしくてね、「夢弾先生に頼んで頂戴っ!」と切られて一方的に君の番号をメールで送って来た、という次第さ。』
「あの人は一体私を何だと思っている…」
夢弾は深い溜息を吐いた。自分が寮監として直帰で帰ることが出来ない日は鳥海にその業務を委任しているのだが、その実委任された鳥海がどのように業務に携わっているのかを夢弾は把握していなかったが、やはりこうだったか。確かに「寮生より先に帰り着け」は夢弾独自の持論で、鳥海に求めるのも筋違いだ。無論言ったこともない。そもそも寮生は各々寮の鍵は持っているから大抵の相手にとっては議論するだけ無意味だろう。それに幾月も寮監の仕事内容に関しては全面的に「お飾りで構わない」と公言して憚らないのだ。大手を振ってパチ屋に直行されても夢弾には一切文句は言えない。むしろ戦いと研究に湯水の如く資金が要るのでせめて寮の運営費は切り詰めようと光熱費の節約を励行する夢弾に対して伊織、岳羽等生徒に並んで文句を言う鳥海は業務上でも天敵だ。
『ハハッ、そう言ってやるな、ある種気を許してるって事さね。私にしたって彼女ら二人に頼めない状況だと君以外にはお願い出来ないからな、申し訳なく思っているよ。』
「違いない、そりゃそうでしょうよ。」
夢弾も相槌を打つ。だが尤も、これが逆に夢弾の立場だと鳥海にも大西にも頼れないのだが。自分の周囲の絶望的な力関係の布陣。しかもこれは正規教員と非常勤の差だけではない、ヒトとしてのパワーバランスのようなものだ。泣けて仕方が無い。
『とにかく恩に着るよ。礼というワケじゃないが、困った時はお互い様だ。何かあったら遠慮無く頼ってくれていい。それじゃ。』
そう言って通話は切れた。その頃には丁度職員室の扉の前に着いていた。

  *   *   *

 という流れで放送室にまで足を運んだのだ。今日ここまで来る用事は元来無かった。放送室に入室し、スタジオ(?)内部までも足を運んで中に誰も
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