二章 第十九話 二人の生贄


「何、ヒトの寝顔眺めてんのよ。」
すごく不機嫌そうな声に、窓際で文庫本を読んでいた夢弾は顔を上げる。
「鳥海先生…目が覚めましたか。」
午後の心地良い日差しが差し込む、辰巳記念病院の一室。
「…ちょっとやだ、スッピンじゃない私!?」
寝起きで傍に人が居る、その状況に鳥海が真っ先に取った行動は頬に手を当てること。それで把握した自らの状況から浮かべた表情は恨めし気とも言えそうな半眼だ。
「…見たわね?」
「ちょっ…!」
目を覚ますなりこの剣幕。元々窓際に居り、それ以上下がるスペースのない夢弾はその背を壁に押しつけるようにして震え上がる。
「そ、その様子では、体も大丈夫な様で…」
両手を挙げ、降参の意を示す。伊織で言うところの、「お手上げ侍」のポーズ。
「…あー、私、倒れたんだっけ。」
清潔な寝台、自らの見慣れぬ服装から寝かされていたこの環境が病室であると把握する。うっすらと思い出される昨夜の記憶。やたら薄暗いモノレール内での記憶。この夢弾と、担任として受け持つ岳羽と伊織が居たような気がする。
「アレって、何?」
「さて、どこから話した物やら。」
夢弾はバッグから、バルサ材で設えた簡易的な鞘に収まったペティナイフを取り出す。
「…桐条から、見舞いのフルーツが届いていますよ。リンゴでもメロンでも、お好きな物を剥いて差し上げよう。」
そう言って脇の棚に置かれていたフルーツのバスケットを取り上げてみせる。鳥海の瞳が、喜色に見開かれた。

 *   *   *

「…それで、パチンコで大勝ちして?」
「そう!怒濤の確変17連荘!これまでの人生一番の大勝利を祝してパーッと飲んで!」
「…それで運転出来なくなり、車を置いてモノレールに乗った、と。…それはまた…」
マイカー持ちの筈の鳥海がモノレールになど乗っていた理由に、夢弾は溜息を吐く。そんなつまらない不運で戦場に乗り合わせてしまうなんて。きっと確変17連荘とやらで大幅に使い切った鳥海の運気はモノレールに乗った段階でどん底だったに違いない。
「で、今度は貴方の番よ。」
「そうですね…」
鳥海はリンゴに齧り付きながら夢弾を眺める。
「化け物を見たでしょう。」
「見たわ。」
ずっと聞きたかった事だ。自分とそう変わらぬ年齢でバケモノだなんて…普段だったら相手の正気を疑って泣くまでこき下ろすところだ。だが、それを自分も見てしまった。正しい知識を持っておかないと、下手な相手に見たと言えば今度は自分がこき下ろされる番だ。
「私達は"シャドウ"と呼んでいます。」
「シャドウ…イマイチ馴染みのない単語ね。ニュースなんかの話題に上らないってことは、霊感がないと見えない幽霊みたいなものかしら?」
「どうかな…近いけど少し違う、とは思いますが。」
夢弾は考える。理解しやすいよう、知識に自分の見解も交えて。
「鳥海先生、夜間…零時を過ぎた頃に、奇妙な体験をした事はありませんか?」
「奇妙な体験?」
鳥海の表情から答えはNoだという事くらい分かるが、こちらの説明を先に済ませない事には、説明出来る自信は少なくとも夢弾には無い。
「まず、街全域が停電します。家電製品に加えて、携帯や時計、車など独立電源や動力を持つ機械まで電源が落ち、或いは動かなくなって使えなくなる。加えて、停電の闇は暗視カメラで撮影したような奇妙に緑色の闇だ。そして地面や壁にはうっすらと血糊のようなシミが滲む。」
「無いわね。」
「やはりか…」
それは分かりきった事だった。鳥海は覚醒の直前まで象徴化していたのだから。これまでずっと停止した世界の時間と共に影時間の中へは入ったことが無かった筈だ。
「まあそういう、世界が異界化する現象が起こる"時間帯"があるものと仮定して下さい。"シャドウ"は基本的にその世界の中に現れ、徘徊する。」
「サイレント・ヒルみたいなものかしら?」
「異界自体はより近い物がありますが…」
夢弾はメモ帳とボールペンを取り出す。
「これが、午後23時から翌朝1時、とします。」
空いたページに帯グラフのような長い長方形を描いてみせる。
「ここ、真ん中の零時に差し掛かった丁度その瞬間、世界の時間は止まり異界の時間が始まる。感知出来ない人にとっては、世界と共に時間は止まり、異界の時間が終わったと同時に世界と共に再び動き出す。彼らにとっては異界など無いものです。…恐らく、一昨日までの貴女にとっても。」
そう言って、帯グラフ中央、「零時」の字を○で囲み、○から矢印を引っ張ってもう一つ、異界用の帯グラフを傍に描き足す。夢弾はその異界の帯グラフの枠の中に、「その単語」を書き入れる。
「私達は、"影時間"と呼んでいます。」
鳥海はメモ帳に描かれたその帯グラフと夢弾の顔とを怪訝そうに見比べる。
「じゃあ、私がその影時間に迷い込んだ、って事なの?」
「迷い
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