一章 第十六話 特別課外授業 後編

 月光館学園正門前…その時刻、23:59。
「は?ここ…?…え?」
桐条と真田の指示通りに夢弾が車を停めた位置で降りた伊織は建物を呆然と眺める。
「…え、どういう事ッスか?ここって、学校じゃ…」
「"タルタロス"へ連れて行く」そう聞かされ夢弾の車で連れて来られた場所は見慣れた母校。訪れる者の無い時間帯、施設への出入りも無いものと校門を塞ぐ形で駐車した夢弾の白いファミリーカーが念の為にと点けているハザードランプの明滅が校庭に校門の格子戸の影を投影している。それが夜の校舎での肝試しのような不気味さを演出しており、心なしか岳羽が桐条へと殆ど密着にも近い間合いへと擦り寄っているように見える。
「見てれば分かる。もう零時になるぞ、準備しとけよ。」
周囲を見回すが"それっぽいもの"を見つけられず、落ち着き無く誰へともなく問いかける伊織を、真田が涼しく諫める。誰もが携帯電話の時計を眺めて脳内で秒読みをする。

 *   *   *

 緑色の闇に落ちる世界。不気味に輝く月。夢弾の車のハザードランプもメンバーの携帯電話の電源も、夢弾のアナログ機械式腕時計ですらも沈黙する。慣れた者とまだまだ不慣れな者の個人差はあれど、ここまでならばまだこの場の全員に経験のある事だ。だが。

 ズズズズズ…

そんな折、地響きが起こり。

 ゴゴゴゴ…ガガガガガ…

校門奥、というか校舎のあった場所に建物…ビルのように見えるそれが植物が成長するかの如く伸び上がって行く。一棟、二棟、三棟と…近代都市に建つようなスタイリッシュな物、まるで粘土を無造作に捏ねただけのような、その分肌の無造作さに宿る念質で不規則な表面にかえっておどろおどろしさを放つ物、そのバランスや採光加減全てが綿密な計算の元建てられたかのような芸術的な物と、それぞれの特色を持った建物達が変形、融合を繰り返しながら一つの建物を形成し、組み上がっていく。そしてそれは見る間に巨大な"塔"へと変貌を遂げた。

「…これが"タルタロス"。影時間の中だけに現れる"迷宮"だ。」
建築法どころか重力などの物理法則すらまるっきり度外視したそのフォルム。桐条が、目の前で出来上がった物について端的にそれだけを告げた。
「メーキューって………いやいやいや、なんなんだよそれ!?」
呆然と呟いている内に時間差でやって来た驚愕に伊織が声を震わせる。
「オレらの学校、どこいっちまったってんだよ!?」
「影時間が明ければ、また元の地形に戻る。」
まずあり得ない光景を前に殆ど恐慌状態に陥っている伊織に対して尚も淡々と言葉を紡ぐ桐条。そんな問題じゃないだろう、と伊織同様にタルタロスの形成を眺めていた夢弾は心の中でツッコミを入れる。
「こんなデケぇ塔が、丸ごと"シャドウの巣"って!…てか、オカシイっしょ!?なんだってウチの学校んトコだけ、こんな…!」
全くだ。ただ夢弾の疑問をそのまま勢いよく伊織がぶつけてくれるので口を開く必要が無い。楽で良い事だ。
「…ッ…」
だがその問いには桐条も真田も答えない。いや、何らかの説明をしようと顔を上げ口を開きかけ、そこまでは行くが言葉は無い。
「…先輩達にも、分かんねンスか?」
「…ああ。」
分からないのも無理はない。理解するには公的な科学調査が必要だろう。そして、こんな非現実的な事に公的な調査を着手するなどおよそ考えられない。許可を申請するにも許可を出そうにも、何か人としてこれまで築き上げてきた大切な何かを全て否定した上で踏み切る覚悟が必要だ。そして大概の現代人にはその覚悟は、無い。そして愚かにもその一歩を踏み出してしまった事を実感する、哀れで滑稽な自分。
「きっと色々あるんでしょ…事情が。」
岳羽が溜息混じりにそう言う。
「分からなきゃ調べればいいさ。ここを本格的に調査するのは、俺や美鶴にとっても今夜が初めてだ。どうだ、ワクワクするだろう?」
興奮を抑えきれない、といった表情で真田が意気込む。
「誰がどう見たって、ここには絶対何かある。影時間を解くカギになる何かがな。」
「…明彦、意気込むのは勝手だが、探索はさせないぞ。」
桐条が鋭い視線で真田を見据える。
「う、うるさいな…分かっていると言ってるだろ。そう、何度も言うな。」
隙あらば自分も探索に加わろう、という算段があったのか真田が食い付く。そんな真田を放っておいて、桐条はつかつかと敷地に入って行く。一行は顔を見合わせるとその後を追った。

 *   *   *

「おお、中もスゲェ…なあ…!」
広い空間を伊織は見渡しながら簡単の言葉を漏らす。
「でも、やっぱ気味悪い…」
少し怖々とした表情で岳羽も中を見渡す。意匠の凝った装飾に飾られた広い空間は、美しく荘厳とした見事な空間、少なくとも夢弾の視点ではそうであったが、それこそ個人差のある視点次第では不気味
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