一章 第十三話 チキン 前編


 三時限目前の休み時間。夢弾は全面的に自分に非がある事を理解しつつもイライラしていた。
「夢弾君、そもそも君は理事長お墨付きだかなんだか知らないがだね…」
最初に要注意人物と聞いていたために挨拶だけはしておいた。だがまだ名前と顔は一致しない、という位置付けにいた初老の古語教師の席で夢弾は項垂れていた。

 一時限目前…各学年主任にそれぞれこってりと絞られた。

 二時限目前…各々の先生方に一言ずつなじられた。そして今の体たらく。出勤してからタバコを一本も吸えず、苛烈な禁断症状に苛まれているのだ。週末のピーク帯の飲食業のようなタバコを吸う暇どころか吸う欲求にすら気付かない戦場のように忙しい状況下でなら経験もあるし耐えれるものの、講師のような穏やかな職業ではそうもいかない。その上で本来喫煙を許されたはずの休憩時間を潰して受けるものが説教であればいよいよ以ってストレスは鬱積。仕方の無い事だ。当然だ。特に処分を受けることも無く説教だけで済むなんて大甘裁定だ。理屈は理解している。だが体は正直だ。no reason〜カラダが求めている〜とは今も昔も日本で大人気の某清涼飲料の十年くらい前のCMキャッチフレーズだが実に巧い事言ったものだと思う…等など要らぬ事を考えてしまうのは現実逃避なのだろうか。そうとでも内心でおどけていなければとても耐えられない。ちなみに「過労で倒れていた」との報せを知ってて優しい言葉を掛けてくれたのは今のところたった一人。確か『ミスター夢弾?コンディションはもうオーケー?オー、それはソーファイン!』とか。寺なんとか先生だった気がする。ちなみに大西先生も『病み上がりだろう?あまり無理せず頑張る事だな』とか言ってポンと肩を叩いてってくれたが、それが喫煙後でものすごいタバコの匂いを残して欲求不満を与えて行ってくれたので優しさにはカウントしない事にする。
「あの、江古田先生、えっと、プリント回収してきました。」
そんな時、椅子に掛けていた江古田の斜め後ろの方から小柄な女子生徒がそう話しかけてきた。一瞬削がれる江古田先生の注意に、訪れた女子生徒が夢弾の目には一瞬天使のように映る。
「ああ、山岸が持って来てくれたか。確かたまたまその辺にいた森山に頼んだと思ったけどねえ。」
「あ…えっと、森山さん丁度他のクラスの人と先約があったとかで、ちょっと…」
女子生徒はたどたどしくそう言葉を紡ぐ。
「そんな事聞いちゃおらんよ。集めてくれれば誰でも良かったんだからさあ。他に用事がないならもう戻りなさい。ご苦労さん。」
「あ…はい、失礼、します…」
その女子生徒は慌てて礼をするとその場で走って立ち去っていった。あまりにもあっけない女子生徒の退場に軽い落胆を覚えながら夢弾はその姿を見送る。江古田のクラス、と言ったら2−E。倫理選択クラスだから夢弾も倒れる前、たった一日ではあったが教えたクラスだ。だが見覚えのない生徒だった。まあ体格も小柄で目立たない印象だし、たった一日で見覚えがある生徒の方が珍しいが。むしろ教室内という「公」の空間に堂々とふんぞり返るように座っていた黒ギャルの方が余程目を引いていた程だ。名前は知らないが。
「どこを見とるのかね夢弾君!まだ話は終わっちゃおらんよ!まったくだね…!」
どんどん残り少なくなる休憩時間。今タバコを吸いに行ければ鬱積した欲求を満たせるものを…それも無理なのだろうなと諦め、夢弾は項垂れてお説教を聞きつつ、鼻をすするフリをしながら指に染みついたヤニの匂いを嗅いでひたすら耐えていた…

 *   *   *

 巌戸台分寮四階の部屋…幾月理事長からの招集が掛かっていたこともあり早めに寮に帰りたかったのだが、倒れて迷惑を掛けたお詫びにと職員室に持ち込んだ桐条からの見舞いのフルーツを放課後先生方と食べる流れになり、礼の言葉や、尚まだイヤミを言い足りぬ江古田先生に付き合ったりしている間に若干帰りが遅くなってしまった。真っ先に帰って玄関を開けて寮生の帰りを毎日迎えてあげようという夢弾の気持ちは早くもこれでワンナウト。ようやく帰り着いて四階の大広間に駆け込むと岳羽と桐条、真田がとっくに座って待っていた。
「お、来たか。」
上座に掛けていた幾月が立ち上がり、歓迎の意を表す。
「体の方は、大丈夫そうで何よりだ。安心したよ。」
「…お陰様で。」
最早夢弾は不機嫌を隠す気すらもすっかり失せていた。
「退院早々ここへ呼んだのは、他でもない。君に、話さなきゃいけない事があってね。まあ、かけて。」
幾月は対面の椅子を差す。夢弾はその言葉に従い、指定された椅子に掛ける。
「申し訳ありません、お待たせしたようで。」
その場に掛けた面子全員を見渡しながら夢弾は軽く頭を下げる。
「あ、いえいえ。十日も休んだ後ですもん、大変だったでしょ?色々。」

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